仕事とお金と人生と~わたしの外資人事30年史

外資人事マネジャーが人事業務と人のつながりまで、リアルな姿を綴ります

最後の海外出張が教えてくれたこと

2020年1月。

まだ誰もマスクをしていなかった頃、私は出張でドイツにいました。

西部の静かな工業都市にあるグループ本社で、12日間のHRシステムのグローバル導入プロジェクトに参加していたんです。

 

各国の人事担当者が集まって

大会議室にはいくつものテーブルの島があって、ヨーロッパ各国、北米、南米、そしてアジアから集まった人事実務担当者たちが座ってました。

各国から2〜3名ずつ、総勢50名以上いたなあ。アジア勢はインド、中国、韓国、シンガポール、そして日本からは、私ひとり。アジア勢はいつものように一角に固まって座ってましたね。

 

それは新しい統合人事システムの概念と使い方の事例を、ベンダーからレクチャーされる場でした。

 

「この機能は各国の法令に対応できるの?」

「この画面レイアウトは現場で混乱を招かない?」

「承認フローが複雑すぎない?」

 

それぞれの国の制度や文化を背景に、実務的な確認が次々と飛び交います。人事管理、評価制度管理、採用管理を統合したこのシステムは、確かに使い勝手もよさそうでした。でも、各国の法制度や企業文化の違いを前に、「本当にグローバルで統一できるの?」っていう不安も、各国の担当者は感じていたはずです。

 

意外とスムーズだった日本の対応

「日本は労働基準法が厳しいし社会保険など複雑で、勤怠や給与計算は日本独自のソフトを使わざるを得ない」

これは外資系企業の人事なら誰もが考えていることです。

実際、残業代計算の複雑さや安全衛生上のモニタリング、社会保険料の算出方法など、日本の勤怠や給与計算は他国と比べて格段に複雑なんですよね。でも今回のシステムではそういった労務回りはメインじゃなくて、人事管理、評価制度管理、採用管理が中心。

 

なので日本側の対応は意外とスムーズにいきそうでした。私はひとりノートを取りながら、導入後の社内展開を頭の中でシミュレーションしていました。

「現場の混乱は最小限に抑えられそう」。12日間の会議を通じて、その確信は深まっていきました。

 

仕事を超えた絆

でも、この出張で一番印象に残ってるのは、会議そのものじゃないんです。それは、アジアの人事仲間たちとの再会でした。

彼らとは以前から出張や会議で顔を合わせてて、気心の知れた関係だったんです。

シンガポールのリーダーは、いつも的確な質問で会議をリードしてくれる。中国チームは、本社の方針を現地に落とし込む際の創意工夫が素晴らしい。みな優秀で、しかも優しいんです。

 

私はひとりで2週間近くドイツに出張なんて行ったことがなかったから、事前にシンガポールの同僚に「一緒に行動させて~!」と頼んでいたんです。彼らは快く引き受けてくれて、どこに行くにも誘ってくれました。ありがたかった!

昼ごはんは本社のカフェテリアで、夜ごはんも特別な集まりがなければ一緒に誘ってくれて楽しく過ごせました。

週末には「せっかくだから観光もしよう」ってことになって、ケルンに足を延ばしました。大聖堂の荘厳さに圧倒されて、チョコレート工場を楽しんで、彼らの買い物に付き合いながら街を歩きました。

ただそれだけのことだったんだけど、あの時間は本当に楽しかったなあ。仕事で出会った人たちと、仕事を離れた時間を共有できること。異なる文化背景を持つ同僚たちと、同じものを見て笑い合えること。それが、外資の醍醐味のひとつだと、あらためて実感しました。

 

世界が変わった2020年

そして帰国後、世界は一変しました。

2月に入ると新型コロナウイルスの報道が増えて、3月にはWHOがパンデミック宣言を発出。あっという間にリモート勤務体制が整えられて、当然出張は全面停止、会議はすべてオンラインに切り替わりました。

でも、あのドイツでの12日間があったからこそ、困ることはありませんでした。アジアの仲間たちとは、すぐにオンラインでの定期連絡会を始めました。システム導入の進捗状況を共有して、各国での課題を相談し合って、時には励まし合って。

「顔の見えない相手と仕事をするのは難しい」ってよく言われるけど、一度でもリアルに会ったことがある相手となら、そして何度も一緒に食事をした仲ならば特に、「顔の見えない相手」ではありません。オンラインでも十分に意思疎通できます。ドイツで築いた信頼関係が、コロナ禍でのプロジェクト推進を支えてくれました。

 

人事の本質は"人"にある

あれからもう5年。今は、海外出張はほとんどありません。

Teams Meetingでの会議が当たり前になってしまって、出張するほどの大義が簡単には見つからなくなっているのかもしれません。正直なところ、わたしはもう定年再雇用だからいいんだけれど、若手には出張させてあげたい気持ちがあります。世界の同僚と食べたり飲んだり、観光したりする、「無駄な時間」を過ごしてほしい。

外資人事の仕事は、人材開発をはじめとして制度設計や給与計算、システム導入も含めいろいろあるけれど、それだけじゃありません。文化の違いを乗り越えて、言葉を超えて、信頼を築くこと。数字やデータの向こうにいる"人"と話して、笑って、理解して、寄り添うこと。それが大切だし、なにより面白いんです。

 

2020年1月のドイツ出張は、図らずも私の最後の海外出張となりました。でも、あの12日間で感じた最も大切なこと―会社を支えるのは、結局"人とのつながり"なんだということ―は、今も変わらず私の人事哲学の核にあります。

30年の外資人事キャリアの中で、技術は進歩して、制度は変化し続けてきました。でも、人と人とのつながりこそが、すべての基盤なんだと、あらためて思います。それが、私がこの仕事を続けてきた理由であり、これからも続けていく理由なのかもしれません。

 

大聖堂前で地面に各国の国旗を描く移民。いろいろと変化の大きさを感じる。